相馬焼とは|走り駒が描かれた福島のうつわ

青みを帯びた繊細な貫入模様、そして力強い馬の絵。日本の焼き物の中でも特徴的で、パッと見ただけで目を引く。それが相馬焼です。
相馬焼は、見た目の美しさだけでなく、触れることで初めて気づく不思議な魅力を持った陶器です。相馬焼の湯呑みは独特の構造を持っており、手が熱くならない「二重焼」という機能面でも際立った特徴があります。
この記事では、福島県相馬・南相馬に伝わる相馬焼の歴史と、三つの際立った特徴をご紹介します。
相馬焼とは
福島県の相馬・南相馬に伝わる陶芸
相馬焼は、福島県の太平洋沿岸部に位置する相馬市および南相馬市を中心に作られてきた陶器です。正式には「大堀相馬焼(おおほりそうまやき)」と呼ばれており、この「大堀」という地名は、かつての窯元集積地の名称に由来します。現在は国の伝統的工芸品にも指定されており、東北地方を代表する陶芸文化のひとつとして広く知られています。
産地の地理・気候
相馬・南相馬は、阿武隈山地の東側、太平洋に面した地域です。内陸部には山地が連なり、海に向かってゆるやかに地形が開けていきます。この地域は冬季の寒暖差が大きく、内陸では氷点下を下回る日も珍しくありません。
この厳しい寒さは、相馬焼の代表的な意匠である「青ひびの貫入」を生み出す重要な要素です。焼き上がった器を寒風の中で冷やすことで、釉薬と素地の収縮率の差から細かなひびが入り、独特の模様が浮かび上がります。厳しい自然環境が、そのまま器の表情となって現れているわけです。
土の面では、阿武隈山地に由来する良質な陶土が周辺地域に分布しており、相馬焼の製造に適した環境が整っていました。豊富な水資源と森林資源も、窯業の発展を支えた大きな要因のひとつです。

相馬焼の歴史
江戸時代。相馬藩の藩窯として始まった
相馬焼の起源は、17世紀の江戸時代中期の元禄年間(1688〜1704年)にさかのぼります。当時この地域を統治していた相馬藩の藩主・相馬昌胤(そうままさたね)の命を受け、現在の南相馬市小高区大堀地区において窯が開かれたとされています。当初は日用雑器の生産を目的としており、藩の保護のもとで着実に技術と生産規模を高めていきました。
藩窯として出発した相馬焼は、藩の紋章である「九曜紋(くようもん)」と、相馬藩にゆかりの深い「走り駒」の絵柄を積極的に採用しました。
走り駒とは、手綱なしに野を駆ける野馬の姿を描いたもので、相馬藩の文化と強く結びついたモチーフです。相馬地方は古くから馬の産地として知られており、野馬追(のまおい)という神事・祭礼も盛んに行われてきました。器に描かれた馬は、単なる装飾ではなく、相馬という土地の精神そのものを体現しているといえます。野馬追とは、1,000年以上続く、鎧と兜を着けた騎馬武者が砂煙を上げて全力で駆けるレースです。

江戸時代を通じて、大堀地区には百を超える窯が存在したとも言われ、相馬焼は東北各地へと広く流通する産地として発展しました。
明治以降。民窯として広まる
明治維新による廃藩置県を経て、相馬藩の庇護を失った相馬焼は、民窯として自立の道を歩み始めました。藩の後ろ盾がなくなる一方で、近代化による流通網の整備や、各地への出稼ぎによって相馬焼の知名度は東北全域に広がっていきました。
明治・大正期には、東京や仙台の百貨店にも相馬焼が並ぶようになり、民藝運動の影響もあって「素朴で実用的な東北の陶器」として再評価される動きも生まれました。職人たちは伝統の技法を守りながら、時代の嗜好に合わせた器のデザインや品ぞろえを工夫し、産地の持続に努めました。
昭和期には産地全体の組合組織が整備され、伝統的工芸品の産地振興策とも相まって、相馬焼は安定した評価を受け続けました。1978年には国の伝統的工芸品として認定を受け、産地の誇りと技術が正式に認められることになりました。
現代においても、相馬・南相馬の地で相馬焼の伝統を守り続ける窯元が活動を続けています。若い世代の後継者が産地に根ざして技術を磨き、伝統を受け継ぐ動きも見られます。一方で、後継者不足や産地の規模縮小といった課題もあり、各窯元は独自のスタイルや新しい販路の開拓に挑戦しながら、伝統の継承に取り組んでいます。
相馬焼の三つの特徴
相馬焼には、他の産地の陶磁器とは一線を画す三つの際立った特徴があります。この三つが揃って初めて「本物の相馬焼」といえるほど、それぞれが重要な意味を持っています。
青ひびの貫入。福島の冬が生み出す模様
貫入とは、焼き上がった陶器の表面に走る細かなひびのことを指します。釉薬と素地とでは熱による膨張・収縮の係数が異なるため、焼成後の冷却過程でわずかなズレが生じ、釉薬の表面に細かなひびが走ります。
相馬焼の貫入の特徴は、その色みにあります。一般的な貫入は白っぽく見えることが多いのですが、相馬焼では青みを帯びた独特の発色を示します。これは使われる釉薬の成分と、福島の厳しい冬の寒気の中でじっくりと冷やすという制作工程が重なることで生まれる表情です。まるで薄い氷がはったような繊細な模様は、相馬焼を初めて手にする人を必ず驚かせます。
貫入は使い続けるうちに少しずつ色が染み込み、器に独自の「育ち」をもたらします。お茶の色や食材の色が少しずつ貫入に入り込むことで、使う人だけの器へと変わっていくのです。これは相馬焼を長く愛用する人々が口を揃えて語る、育てる楽しみのひとつです。

走り駒の絵付け。相馬藩の象徴
相馬焼のもう一つのトレードマークが、走り駒の絵付けです。手綱を持たない野馬が大地を駆ける姿を、筆一本で描いたこの絵柄は、相馬藩の御神馬にまつわる伝承に由来します。
相馬地方では古来より野馬追という神事が行われており、野原に放たれた馬を武者たちが捕獲するという勇壮な祭礼が今も毎年続いています。走り駒の絵は、この相馬独自の馬文化を陶器の上で表現したもので、相馬藩の誇りと地域アイデンティティを象徴するものといえます。
絵付けの技法は職人によって異なりますが、共通するのは「勢い」です。一筆一筆に力が宿り、馬の筋肉の動き、たてがみのなびき、蹄の力強さが、わずか数センチの器の面に凝縮されています。大量生産品では決して再現できない、手仕事ならではの生命感がそこにあります。
二重焼き(二重構造)
二重焼きとは、器が内側と外側の二重構造になっている仕組みです。焼く前に、外側の器に内側の器をはめ込むことで全体が二重構造になります。
これにより、熱いお茶を入れて湯呑みを持っても手が熱くならず、冷めにくい構造ができます。それゆえ相馬焼は保冷・保温効果に優れており、冷たいものを入れても結露が起きにくく、ぬるくなりにくいのです。
相馬焼が「日用の器」として長く愛されてきた背景には、この実用性があります。美しいだけでなく、毎日使うほどにその優れた機能を体感できる。それが相馬焼の二重焼きが生き続けてきた理由のひとつです。

相馬焼の器の種類
相馬焼で作られる器は多岐にわたります。その中でも特に代表的なものをご紹介します。
- 湯飲み・ぐい呑み 二重焼きの機能が最もよく生きる器のひとつです。熱いお茶を注いでも手に優しく、保温性も高いため、日常使いの茶の器として長く愛されています。走り駒の絵付けと青ひびの組み合わせが美しく、贈答品としても人気です。
- 飯碗 ご飯を盛るための飯碗も相馬焼の定番です。程よい重さと温かみのある手触りが、食事の時間を豊かにしてくれます。
- 土瓶・急須 お茶を入れるための土瓶も相馬焼の得意とする器です。独特の形と釉薬の色合いが、土瓶を使ったお茶の時間を特別なものにします。
- 花器・花瓶 青ひびの貫入模様が映える花器は、インテリアとしての人気も高い品です。和の花はもちろん、ドライフラワーなどを生けても美しく映えます。

東日本大震災と相馬焼
2011年3月11日、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故は、相馬・南相馬の地を激しく揺さぶりました。多くの窯元が避難区域に含まれたり、建物の被害を受けたりして、制作活動を一時中断せざるを得ない状況に追い込まれました。積み上げてきた在庫の器が壊れ、窯が損傷し、長年の得意先との関係が途絶えた窯元もあります。
相馬焼の職人たちの多くは、故郷を離れての避難生活を余儀なくされました。窯を守りたい、伝統を絶やしたくないという思いを持ちながらも、放射能汚染への不安、生活の再建、家族の安全という現実的な課題と向き合わなければなりませんでした。それでも多くの職人が、避難先でも制作を続けたり、産地再建への意志を保ち続けたりしました。
震災から数年が経過する中で、相馬焼の窯元は少しずつ活動を再開していきました。産地へ戻ることができた職人は窯を修復し、制作を再開。地元の工房だけでなく、県内外での展示販売会や、インターネットを活用した直販など、新たな販路を模索する動きも活発化しました。
復興の過程で、相馬の陶芸に関心を持つ人が増え、支援の気持ちを込めて器を購入する人々が現れました。職人たちはその思いをしっかりと受け止め、伝統を守ることが地域の復興につながるという強い信念をもって制作に向き合っています。
現代の相馬焼
現代の相馬焼を取り巻く環境は、決して楽なものではありません。産地の規模は江戸・明治期と比べると大きく縮小しており、活動を続ける窯元の数は限られています。しかしその分、各窯元の個性が際立ち、手仕事の価値が伝わりやすくなっているという面もあります。
現代の相馬焼では、伝統的な湯飲みや土瓶に加えて、現代の生活スタイルに合わせたコーヒーカップ、マグカップ、プレートなどの新しいアイテムも作られるようになっています。走り駒の絵付けも、伝統的なスタイルを守りながら、現代的な感覚でアレンジした作品が登場しています。
また、インターネットを活用した情報発信や販売が、相馬焼の新たな顧客層の獲得に貢献しています。全国の陶芸ファンや、福島の復興を応援したいという思いを持つ人々が、オンラインで相馬焼を購入できるようになったことは、産地の持続可能性にとって大きな意味を持っています。
さらに、若い世代の作家や工芸ファンが相馬焼に注目する動きも出てきています。二重焼きという唯一無二の技術や、走り駒・貫入という強い個性が、「ほかにはない器」を求める現代の消費者の心をつかんでいます。
相馬焼を購入する
相馬焼を購入するには、いくつかの方法があります。最もおすすめなのは、福島県南相馬市・相馬市を訪ねて窯元直売所で購入することです。職人から直接話を聞きながら器を選ぶ体験は、相馬焼の魅力をより深く理解する機会にもなります。各窯元の個性を比べながら、自分だけのお気に入りの一枚を見つけることができます。
また、東北や首都圏の百貨店、工芸品専門店では、相馬焼を取り扱っているところがあります。産地まで足を運ぶ機会がない方は、まず地元の百貨店や工芸品店を訪ねてみるとよいでしょう。
近年は、各窯元のウェブサイトや、工芸品を扱うECサイトを通じて相馬焼を購入できるようになっています。写真や説明文だけではすべての魅力を伝えるには限界がありますが、実際に購入した方のレビューを参考にすることで、安心して選ぶことができます。
相馬焼をギフトに贈る
相馬焼は、縁起の良い意味合いと高い実用性を兼ね備えており、結婚祝い、新築・開店祝い、長寿のお祝いなどに最適なギフトです。
相馬焼の特徴である走り駒(左馬)の絵柄は、馬が倒れないことや「まう(舞う)」に通じることから、開運や商売繁盛のシンボルとされています。そのため、新居を構えた方への新築祝いや、事業を始める方への開店・開業祝い、昇進のお祝いに大変喜ばれます。
また、独自の二重造りも大きな魅力です。熱いお湯を入れても手に熱が伝わりにくく、冷めにくい構造になっているため、どなたでも安心して日常使いできます。この使い勝手の良さから、敬老の日や還暦・古希といった長寿のお祝い、ご両親への感謝を込めたプレゼントとしても人気があります。
さらに、繊細な青ひびの模様は使い込むほどに味わいが増すため、ペアの湯呑みやマグカップは「これから共に時間を重ねる」結婚祝いや結婚記念日にもぴったりです。
ギフトとしてお届けする際のご案内はこちらをご覧ください。→ For Gift|日本の作家が手がける手仕事をギフトに
馬と貫入が語る、福島からの贈り物
相馬焼には、17世紀から続く職人の知恵と技術、相馬藩の歴史と文化、そして厳しい自然環境が生み出す偶然の美しさが、すべて詰まっています。
青みを帯びた貫入模様は、福島の厳寒が器に刻む大地の息吹です。走り駒の絵付けは、相馬の人々が馬とともに歩んできた数百年の歴史の証しです。そして二重焼きの仕組みは、日常使いの器に最大限の機能を与えようとした先人の実用精神の結晶です。
相馬焼の湯飲みでお茶を一杯飲むときのあたたかさ、馬が駆ける絵に目をやるとき、そこには福島の職人たちの声が静かに響いています。手に取るたびに、その声に耳を傾けてみてください。それが、器との本当の付き合い方のはじまりかもしれません。
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Nokazeでは、福島をはじめ日本各地の産地から、作り手の背景とともに器をご紹介しています。貫入が育っていく変化を、あなたの手で確かめてみてください。
福島の器を見るFAQ
相馬焼と「大堀相馬焼」の違いは何ですか?
「二重焼き」にはどのようなメリットがありますか?
「青ひび」の模様(貫入)は、使っているうちに割れてしまう心配はありませんか?
相馬焼に描かれている「走り駒(馬)」にはどんな意味があるのですか?
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