古九谷とは|わずか50年で消えた幻の磁器

古九谷(こくたに)とは、江戸時代初期の17世紀半ば、加賀藩(現在の石川県)周辺でわずか数十年だけ作られた初期の九谷焼を指します。
最大の特徴は、「青手(あおで)」や五彩と呼ばれる濃厚かつ大胆な上絵付けです。緑・黄・紫・紺青・赤を贅沢に使い、器全体を隙間なく色で埋める絵画的な構図は、静寂を重んじる茶陶とは対照的な「力強い動的な美」を放ちます。
誕生から半世紀ほどで突如生産が途絶えたため、日本陶磁史のなかでもっとも謎の多い磁器として知られています。
なぜ消えたのか
古九谷が廃窯した理由には諸説あります。加賀藩の経営難、幕府への配慮、原料や技術者の問題。決定的な記録が残っていないため、いまも結論は出ていません。
さらに近年の発掘調査により、「古九谷様式」と呼ばれる器の一部が、九谷ではなく有田(佐賀県)で焼かれていた可能性が浮上しました。素地の胎土や高台の作りが有田のものと一致する例が見つかったためです。
「伊万里(有田)か、九谷(加賀)か」。この議論は決着していません。だからこそ古九谷は、陶芸史のなかでもっともロマンのある磁器として語られ続けています。
古九谷を見分ける手がかり
- 余白を残さない 器面のほぼ全体が色で埋まります。白磁の白を活かす有田の染付とは、構図の思想が正反対です。
- 緑と黄が強い とくに青手古九谷は、緑と黄で器面全体を塗り込め、白がほとんど見えません。
- 絵具が厚い ガラス質の上絵具を厚く盛るため、光にかざすと透け、指でなぞると段差を感じます。
- 構図が大胆 中心を外した配置、器の縁で断ち切られる文様。整った左右対称を狙いません。
再興九谷との関係
古九谷の廃窯からおよそ100年後、19世紀初頭に九谷焼は再興されます。これを「再興九谷」と呼び、木米風・吉田屋風・飯田屋風・庄三風など、複数の様式が生まれました。
そのうち吉田屋窯は、古九谷の青手を強く意識した作風で知られます。つまり現在の九谷焼は、一度失われた古九谷を後世が読み直し、受け継ぎ直したものです。
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古九谷の構図と五彩は、いまも九谷の作り手に受け継がれています。Nokazeでは絵付けの器を、描いた作り手とともにご紹介しています。
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