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Tea ware
お茶をいれる時間には、待つ時間がついてきます。湯が沸き、葉がひらくまでの二分ほど、手が空きます。ここにある器は、その二分のためのものです。窯が決めたところで流れて止まった灰釉。使うほどに毎年すこしずつ深くなる焼締。そして百年前に割れ、金で継がれ、いまもお茶を受けている明治の九谷。どれも、時間をかけて作られています。どの急須がどのお茶に向くかは、急須・宝瓶・土瓶の違いに二分でまとめました。横手の急須は煎茶に、宝瓶は低温で淹れる玉露に、土瓶はほうじ茶に向きます。釉のない急須は土が多孔質なので、一つの急須には一種類のお茶を合わせると、味が育ちます。九谷の金の継ぎ目は金継ぎ。傷跡を見せるための直しです。
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White Japanese Tableware
白は、器のなかでいちばん料理に譲る色です。何を盛っても色が濁らず、余白がそのまま余白として見えます。ここに並ぶ白は一色ではありません。赤土に白い泥をかけて焼いた、土の赤みがうっすら透ける白。石を原料にして、光を通すほど硬く締まった白。そして、絵付けのために用意された下地としての白。桃や葡萄、イカやメジロといった絵は、この下地があってはじめて輪郭が立ちます。やわらかい白の多くは粉引で、使ううちに茶や油がゆっくり染み、色が落ち着いていきます。白い泥を刷毛で塗った跡をそのまま残すのが刷毛目、土の上に白い層をかけること自体を白化粧といいます。青みを含んで光を通す白は青白磁です。
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やちむん
ぽってりと厚い土に、呉須の藍、飴色、緑。筆の勢いをそのまま残した大らかな絵付け。やちむんは、沖縄の言葉で「焼き物」のことです。整いすぎていないぶん、毎日の食卓でどんな料理も受けとめてくれます。ここに並ぶのは、沖縄の島々で作陶する九つの工房の手しごとです。読谷村の一翠窯が描く、のびやかな文様の角皿と、色を焼き重ねた上絵のちゃんぷるー皿。唐草や丸紋、菊花紋を描くエドメ陶房の鉢と皿。沖縄の言葉で碗を指す「まかい」を、伝統の技法で焼き上げる横田屋窯。西表島の青烽窯は島で採れる鉱物「鈴石」を土に練り込み、竹富島のアトリエ五香屋は中世スペインのパテルナ文を島の皿に写します。北中城村のsuiの線彫りと澄んだ青、南城市のnakamurakenoshigotoのマンガン釉、ゴーヤーやシークワーサーを描くアトリエクッチャネ、素材の表情を生かしたdangoの白と茶。伝統を受け継ぐ器と、いまの暮らしに合わせた器が、同じ島々から生まれています。1682年、琉球王府は島内の窯場を那覇の壺屋に集めました。ここから沖縄の焼き物の中心が育ち、昭和の初めには柳宗悦らの民藝運動がその健やかな美しさを見出します。戦後、都市化で登り窯の煙が問題になると、多くの陶工が読谷村へ窯を移し、いまの「やちむんの里」ができました。やちむんは厚手で丈夫なので、普段づかいにそのまま向きます。歴史や文様、器の種類から読むならやちむんとはをどうぞ。
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上田 万里子
高浜焼高浜焼は、天草西海岸の白浜が広がる高浜に窯を構える窯元です。そのものづくりの背景には、16世紀中頃から続く天草陶石の採掘があります。天草陶石は、有田焼や伊万里焼、三川内焼など、日本を代表する磁器の主原料として古くから用いられてきました。江戸時代には平賀源内が「陶器土、天下無双の上品に御座候」と称賛したと伝えられるほど、白く透明感のある美しい磁肌を生み出すことが特徴です。また、一種類の陶石だけで磁器の原料となる、非常に珍しい陶石でもあります。1762年(宝暦12年)、上田家六代目・上田伝五右衛門が肥前より陶工を招き、高浜・皿山に窯を開いたのが高浜焼の始まりです。以来、時代とともに技術を受け継ぎながら、天草陶石ならではの白さを生かした磁器をつくり続けてきました。現在は、天草陶石の中でも特に上質で、鉄分をほとんど含まない原石を使用。白く硬質で、透明感のある磁器に仕上げています。素材そのものが持つ美しさを大切にしながら、日々の暮らしに馴染む、シンプルで使い勝手の良い器づくりを心がけています。海松紋現在、高浜焼を象徴する文様のひとつとなっている「海松紋(みるもん)」。海に生える海藻「海松」をモチーフにした、日本に古くから伝わる文様です。高浜焼では、1820年頃に焼かれた器にこの海松紋が描かれており、その意匠をもとに2007年頃、復刻シリーズとして蘇らせました。現在では、高浜焼を代表する文様としてさまざまな器に描かれています。海松紋は古くから神事や節目の祝い事に用いられ、平安時代には皇族や貴族の装束にも取り入れられてきました。海の中でふさふさと枝を広げる姿から、繁栄や長寿を願う縁起の良い文様としても親しまれてきたといわれています。天草の海を身近に感じる高浜の地で、約200年前に描かれていた海の文様。その意匠を、現代の暮らしの器へと受け継いでいます。
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中川 雅佳
滋賀県草津市出身で、1970年に生まれました。大阪学院大学商学部を卒業後、京都の着物メーカーに勤務しましたが、ものづくりへの情熱から陶芸の道へ進むことを決意しました。1995年に滋賀県立信楽窯業技術試験場デザイン科を、1996年に小物ろくろ科を修了し、古谷信男氏に師事しました。2005年に信楽で独立し、現在も作陶活動を続けています。自身の工房兼ショップ「プラスラゴ」を信楽に構えています。「プラスラゴ」は、スペイン語で「湖」を意味する「lago」に由来し、滋賀県の象徴である琵琶湖をイメージしています。このショップでは、滋賀県内の他の作家の手仕事も取り扱っており、地域の魅力を発信しています。伝統的な信楽焼の技法を基盤にしながらも、現代的な感性と遊び心を取り入れたデザインが特徴です。代表作の「コルクシリーズ」は、まるで本物のコルクのような質感を持ちながら、陶器ならではの重みと手触りを感じさせます。
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乗松 美歩
三代目として備前焼家業を継ぐ。備前焼特有の土の表情と、無釉焼締ならではの風合いを大切にしながら、自分の感性を少しずつ織り込み、作陶しています。
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京都
京都の器は、料理を主役にするために発達してきました。だから絵付けも形も、盛りつけたときにいちばん良く見えるように考えられています。ここに並ぶのは、京都で作陶する作り手の器です。手のひらから生まれたような、薄くて軽い磁器。清水焼の窯元で絵付けを続ける職人が筆を入れた皿。氷が割れたような貫入を釉で見せた器。信楽の土を京都に持ち込んで、五種類以上の釉を重ねた器。クリーム色の釉に黒茶や青の縁を添えたカップ。京都は千年のあいだ、各地から人と技法を集めてきた土地です。作り手ごとに出発点が違うのは、そのためです。京焼・清水焼は、特定の土や釉を指す名前ではありません。京都で焼かれた器の総称で、だからこそ幅があります。釉の下に藍で描く技法が染付で、顔料の呉須は窯に入れて初めて青くなります。裏返して指にあたる輪が高台で、土の色がそのまま見える場所です。産地としての成り立ちは京焼・清水焼とはにまとめました。
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会津
会津本郷焼は、東北でいちばん古い窯業地です。四百年のあいだ、雪の多い土地の暮らしに合う器をつくり続けてきました。ここに並ぶのは、会津本郷の樹ノ音工房の器です。毎日の食卓に置いて気を遣わない厚みと、手に持ったときにちょうど収まる重さ。飴色の釉がかかったもの、白く化粧をかけたもの、藍で線を引いたもの。派手さで選ぶ器ではなく、朝と夜に何度も手が伸びる器です。使っているうちに、いつのまにか棚の手前の定位置に落ち着きます。会津本郷焼の代表格は、身欠きにしんを漬けるためのニシン鉢です。生活の必要から生まれた形がそのまま様式になった、わかりやすい例といえます。飴色は鉄分を含んだ釉薬によるもので、焼成の具合で濃さが変わります。白い器は粉引で、赤い土に白泥をかけて焼くため、縁のあたりに下の土がうっすら透けます。産地の位置関係は日本の産地ガイドで確かめられます。
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信楽
信楽の土は粗く、小石や長石が混じっています。焼けたときにそれが表面へ白く浮き出るところまで含めて、信楽の景色です。ここに並ぶのは、信楽で作陶する六組の手しごとです。半乾きの土に一本ずつ刃を入れて削り出した稜線。赤土に白泥をかけ、低温で二度焼いてやわらかい白に仕上げた器。光を受けて深いところから明るいところへ移っていく青。轆轤の跡をあえて残した大らかな鉢。そして、火から下ろしてそのまま食卓に出せる五合炊きの土鍋。同じ産地の同じ土から、これだけ違う顔が生まれます。信楽は日本六古窯のひとつで、八百年ほど焼き続けてきました。粗い土は高温で締まると水を通さなくなるので、釉をかけない焼締の器もそのまま使えます。稜線を削り出す技法が鎬で、刃を入れる角度と速さがそのまま指に残ります。白い器の多くは粉引で、使ううちに茶や油がゆっくり入り、色が落ち着いていきます。産地の成り立ちから読むなら信楽焼とはをどうぞ。
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備前
備前は、釉薬をまったく使いません。表面に見えるものはすべて、二週間ほど焚き続けた窯のなかで、火と灰と藁がつくったものです。ここに並ぶのは、備前の窯で焼かれた器です。炎が運んだ灰が肩で溶けて、胡麻を振ったように残るもの。藁を巻いて焼いたところに、作り手にも読みきれない赤い線が走るもの。窯の置き場所と炎の通り道が違えば、同じ土から別の景色が出ます。届いた日からも、使うほどにゆっくり艶が乗っていきます。備前は日本六古窯のひとつで、千年近く同じ焼き方を続けてきました。1,200度以上で二週間かけて焼き締めるので、釉をかけなくても土そのものが水を通しません。藁の跡に残る赤い線が緋襷で、藁の塩分と鉄分が反応して出る色です。灰が溶けたものが自然釉で、止まる位置が一点ずつ違います。酒器に選ばれてきた理由は備前焼とはにまとめました。
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前田 麻美
手のひらから生まれた磁器のうつわたち。そのひとつひとつが静かに食卓を彩り、心を潤す——まるで微かな慈雨のように。Jiucascaの工房で手間をかけて作られたうつわは 食卓の一角にそっと佇み、私たちの日々に優雅なひとときをもたらします作り手のぬくもりが、うつわの中に宿りひとつひとつの形、色、そして質感に込められた想いが 静かに伝わってくるJiucascaのうつわは、単なる食器ではありません それは、日常に寄り添う癒しのひととき手のひらから生まれた小さな芸術作品が 私たちの食卓を彩り、心を潤してくれるのですそれはまるで、長い乾季の後に訪れる微かな雨 一滴一滴が大地に染み渡り、命を再び甦らせるように うつわもまた、食卓に生命を吹き込み、心を潤すJiucascaの名前には、そんな願いが込められていますJiucascaのうつわが、まるで静かな雨のように 私たちの生活を豊かにすると同時に、支えてくれた多くの方々への感謝の気持ちとともに
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北側 雄一
轆轤で生まれる力強さと繊細さを大切に、釉薬にもこだわって制作しています。釉薬が流れることで生まれる色の変化や、手に触れた時の独特の質感と温かみを感じていただけるような器を目指しています。料理を引き立て、食卓に豊かな空気をもたらすことを願って作っていますので、 ぜひ実際に手に取って、その質感や表情を感じていただけると嬉しいです。