作家 山本雅則|信楽で、しのぎだけを彫り続ける

工房で膝に皿をのせ、カンナで一本ずつしのぎを彫る手元。削り終えた縁には均等な彫り目が並ぶ

一枚の皿に、何本の線が彫られているか数えたことはありません。ただ、その全部が手で彫られていることは、光にかざせばすぐ分かります。溝の深さがわずかに違い、線の間隔が少しずつ揺れているからです。

滋賀県・信楽で作陶する山本雅則氏(やまもと まさのり)の器は、そのほとんどが「しのぎ」でできています。祖父から受け継いだ窯で、皿も鉢もマグも箸置きも、同じ手が同じ刃で彫っている。

この記事では、しのぎとは何か、そしてなぜ山本雅則氏の器が「ひとりの作り手で食卓が揃う」珍しい存在なのかを紹介します。

入荷している山本雅則氏の器は山本雅則氏のうつわにまとめています。一点ずつ表情が違うので、写真で見比べてみてください。

しのぎ ― 刀の言葉が、器に来た

しのぎ(鎬)は、もともと日本刀の言葉です。刀身の、峰と刃のあいだで山高くなった稜線のこと。「鎬を削る」という慣用句は、刀と刀が削り合うほどの接戦を指します。

陶芸でいうしのぎは、その稜線を器の表面につくる技法を指します。ヘラやカンナで土を削り落とし、連続した削り目をつける。削られて低くなった溝と、削られずに残った高い部分。この高低差が、光の当たり方を一本ごとに変えます。

技法そのものの解説はしのぎ(鎬)を、ほかの装飾技法との違いは装飾技法5選をご覧ください。ほかの作り手のしのぎとまとめて見るなら鎬(しのぎ)をどうぞ。

絵付けと違って、しのぎは何も足しません。削って、減らして、模様にする。だから色数が増えず、どんな料理を盛っても喧嘩しない。一方で、失敗を隠す方法がありません。削りすぎれば穴が開き、力が均一でなければ線が濁ります。

祖父から受け継いだ窯で

山本雅則氏が作陶するのは信楽。滋賀県の山あいにある、日本六古窯のひとつです。8世紀から続く産地で、粗い土に天然の長石が混じり、薪窯で焼けば緋色やビードロが出る――そういう「土そのもの」の焼き物として知られてきました。

ただ、山本雅則氏の器は、いわゆる信楽らしい荒々しさとは違う方向にあります。土の力ではなく、手の反復で表情をつくる。使っている窯は祖父から受け継いだ伝統的な窯で、産地の技術の上に立ちながら、しのぎという独自の軸を通しています。

産地の名前で器を選ぶと、こういう作り手を見落とします。信楽の器でありながら、信楽のイメージからは外れている。それは産地が痩せたということではなく、産地の中に幅があるということです。

花しのぎ ― 中心から放射する

山本雅則氏のしのぎには、大きく二つの流れがあります。

ひとつは縦のしのぎ。器の縁から底へ、あるいはリムに沿って、短い削り目を連ねていく。羽根が重なったような、規則的で細かい表情になります。

白釉のしのぎ皿を真上から。羽根が重なったような短い彫り目が中心から放射状に広がり、溝が黒く浮かぶ

もうひとつが花しのぎです。器の中心を起点に、細長い彫り目が放射状に外へ伸びていく。中心に向かって線が集まり、そこに一輪の花が開いたように見える。皿を一枚テーブルに置いただけで、視線が真ん中に集まります。

白い花しのぎの皿を真上から。細長い彫り目が中心の一点に集まり、放射する線が花のように見える

削った溝には釉薬が薄くかかり、削り残した部分には厚くかかる。だから焼き上がると、溝が黒褐色の線として浮かび、あいだが白く光る。模様を描いたのではなく、削った結果として模様が出ている――しのぎが「引き算の装飾」と呼ばれる理由です。

白と黒、二つの釉

器の形は同じでも、かける釉薬で印象は大きく変わります。山本雅則氏が使うのは、主に二つです。

釉 見え方 向く使い方
白 乳白の釉が高い部分に乗り、削った溝に鉄分が溜まって黒褐色の線になる。縁は鉄色に締まる 料理の色を選ばない。和洋どちらにも合い、朝食から夕食まで通して使える
黒 全体が黒褐色のマット。溝と稜線の高低差だけで模様が見える、陰影のしのぎ 白い料理、豆腐や白身魚が映える。白の器と混ぜると食卓が締まる

白の器を数枚持っている人が、同じ形の黒を一枚だけ足す。これが山本雅則氏の器のいちばん使いやすい増やし方です。形が揃っているので違和感が出ず、色だけが変わるので食卓の印象が変わります。

黒釉のしのぎ鉢を真上から。リムだけに削り目が並び、見込みは滑らかな黒褐色のまま

ひとりの手で、食卓が揃う

ここが、山本雅則氏の器のいちばん珍しいところです。

作家ものの器は、ふつう器種が偏ります。皿だけを作る人、茶碗だけを作る人。同じ作り手で食卓全体を揃えようとしても、途中で「この人はマグを作っていない」という壁に当たります。

山本雅則氏は、しのぎという一つの意匠のまま、皿・鉢・マグ・茶器・酒器・花器・箸置きまで作っています。

  • 皿 4寸の取り皿から8寸の大皿まで。リムしのぎと花しのぎ
  • 鉢 飯碗、7寸の平鉢、片口
  • マグ 外側全面に縦のしのぎ
  • 酒器 盃
  • 花器 しずく形の一輪挿し
  • 箸置き 白と黒。同じしのぎで揃う

つまり箸置きから大皿まで、同じ手・同じ刃・同じ釉で一つの食卓が完成します。買い足す時期がばらばらでも、あとから並べたときに必ず揃う。作家ものを「一点ずつ集める」のではなく「シリーズとして育てる」ことができる、数少ない作り手です。

いま揃う器種は時期によって変わります。山本雅則氏のうつわで、いま何が並んでいるかを確かめてから、足りない器種を埋めていくのがおすすめです。

使ううちに変わるもの

しのぎの器には、平らな器にはない特徴があります。溝に色が入りやすい。

釉薬の細かなひび(貫入)と、削った溝の底。この二か所に、お茶や醤油の色がゆっくり染みていきます。買った日は白と黒のコントラストがはっきりしていますが、使い込むと溝の線が少し太く、深く見えてくる。模様が育つ、という言い方ができる数少ない技法です。

あわせて、高台(こうだい)――器をひっくり返した底の輪――も見てください。削り出した跡がそのまま残っていて、作り手の手の速さが一番よく分かる場所です。

器が変わっていく仕組みは器を育てるの記事で、日々の扱い方は和食器の手入れの記事で解説しています。

白いしのぎ鉢に盛られた麻婆豆腐と卵黄。奥に同じしのぎの小鉢と長皿が並ぶ

はじめの一枚をどう選ぶか

山本雅則氏の器を初めて買うなら、選び方は三つです。

  • ① 5寸のリム皿から いちばん出番が多いサイズです。取り皿にも、パンにも、ケーキにも使えます。まず1枚使ってみて、しのぎの手触りが好きかを確かめる
  • ② いきなり8寸の大皿 一枚で食卓の主役になります。ワンプレートにすると、しのぎが料理の余白として効く。花しのぎならこのサイズが最も映えます
  • ③ 箸置きを2つ いちばん小さく、いちばん失敗しない入り口です。白と黒を1つずつ買うと、この作り手の二つの表情が同時に分かります

どれを選んでも、あとから足したものが必ず揃います。順番を気にせず、気になった一つから始めてください。

白い花しのぎの皿に盛ったパスタを真上から。放射する彫り目が余白となって料理を囲み、脇にミモザ

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山本雅則氏の器を見る

信楽の窯で、一本ずつ手で彫られたしのぎの器です。皿から箸置きまで同じ意匠で揃うので、少しずつ買い足しても食卓が散らかりません。同じ形でも彫りは一点ずつ違います。

山本雅則氏のうつわを見る

FAQ

山本雅則氏はどんな作家ですか?
滋賀県・信楽で作陶する陶芸家です。祖父から受け継いだ窯を使い、器のほとんどを「しのぎ」で仕上げています。信楽というと荒々しい土味が知られていますが、山本雅則氏の器は土の力ではなく、手の反復で表情をつくる方向にあります。皿・鉢・マグ・茶器・酒器・花器・箸置きまで、同じ意匠で作っている点が大きな特徴です。
しのぎとはどんな技法ですか?
ヘラやカンナで土を削り落とし、連続した削り目をつける技法です。もとは日本刀の言葉で、峰と刃のあいだで山高くなった稜線を指します。削られて低くなった溝と、残った高い部分の高低差が、光の当たり方を一本ごとに変えます。絵付けと違って何も足さず、削って減らして模様にするため、失敗を隠す方法がありません。
同じ作家で食器を揃えられますか?
揃えられます。作家ものは器種が偏りがちで、途中で「この人はマグを作っていない」という壁に当たることが多いのですが、山本雅則氏はしのぎという一つの意匠のまま、箸置きから大皿までを作っています。買い足す時期がばらばらでも、あとから並べたときに必ず揃います。いま並んでいる器種はコレクションページで確認できます。

日本の器をはじめから知りたい方へ。歴史、陶器と磁器の違い、素材、手入れまでを一本にまとめています。→ 日本の器・完全ガイド|はじめての一枚から歴史まで

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